
【昭和歌謡の職人たち 伝説のヒットメーカー列伝】 僕が門谷憲二さんに会ったのは1978年。「別れの言葉を云えない時には~思い出みたいにしゃべればいいさ」という木の実ナナの「うぬぼれワルツ」の歌い出しが印象的だった。フォーク出身と聞いていたが、歌詞は現代的なドライさがあり、新しい歌謡曲の感じがして、布施明のシングル曲を依頼したのだ。 門谷さんはきゃしゃで繊細な風貌だったが、会った瞬間から、すぐに友達感覚になり、毎日のように下北沢で会っては朝まで飲んでいた。 当時のフォーク系の人はアルバムを通じて自分の詞の世界を表現したい人が多かった。門谷さんとは同年代なので、雑談しながら自然に作っていくほうがいいと意識した面もあった。 酒に弱い僕は門谷さんに随分助けてもらった。これでは詞が出来上がらないのではないかと心配したが、締め切りには出来上がってきた。 79年の「君は薔薇より美しい」から「305の招待席」「カルチェラタンの雪」と門谷さんが作詞で3作出した。「君は~」はベストテン入りするヒットになった。「カルチェラタンの雪」の歌い出しは「悪かった もう泣かせたりしない」で始まる。飲んでは迷惑をかける僕のことかと思いどっきりした。 いつも一緒だったのに、彼がどこの生まれでどんな環境で育ったのか聞いたこともなかったが最近ようやく知った。直木賞作家のねじめ正一氏と中学の同級生だったこと。71年、泉谷しげると知り合い「サイクル・ギス」という音楽集団を設立して、「古井戸」、佐藤公彦らの「ピピ&コット」のマネジメントをしていたこと。同年、泉谷をデビューさせ、そのバッキングバンドに「古井戸」「ピピ&コット」らも参加させるなど裏方家業をしていたこと。 作詞家では山口百恵の「ほほえみのむこう側」など1000曲近く残したが、90年代には作詞業から離れた。何年かぶりに再会した2014年にはミステリー小説『クラウド』を出版。聞けば5年を要した長編だった。 17年には長崎・浦上天主堂の「被爆のマリア像」をモチーフに、同郷の平戸市出身のソプラノ歌手、松口ようこと歌曲集「被爆のマリア」を完成させ、世界平和を発信するなど縦横無尽の活躍である。今は次の小説を書き上げると意気軒高だ。 ■門谷憲二(かどや・けんじ) 作詞家、作家。1948年生まれ、72歳。長崎県出身。代表曲に佐藤公彦の「通りゃんせ」(佐藤との共作)などがある。 ■篠木雅博(しのき・まさひろ) 株式会社「パイプライン」顧問。50年生まれ。渡辺プロダクションを経て、東芝EMI(現ユニバーサル)で制作ディレクターとして布施明、アン・ルイスらを手がけた。徳間ではPerfumeらを担当。2017年5月、徳間ジャパンコミュニケーションズ顧問を退任し、現職。
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June 13, 2020 at 02:56PM
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伝説のヒットメーカー列伝!門谷憲二(作詞家) 「君は薔薇より美しい」「うぬぼれワルツ」などヒット作多数も…作詞業から離れ作家に(夕刊フジ) - Yahoo!ニュース
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