2021年11月30日 09:00
「眺めのいい部屋」「ハワーズ・エンド」「モーリス」といった秀作を監督し、「君の名前で僕を呼んで」(ルカ・グァダニーノ監督)の脚本も手掛けたジェームズ・アイボリーが、ニューヨークの映像博物館で行われた特別イベントに登壇。これまで携わった作品の秘話とともに、自身の半生を振り返った。(取材・文/細木信宏 Nobuhiro Hosoki)
アイボリーは、1961年、製作者のイスマイル・マーチャントとともに「マーチャント・アイヴォリー・プロダクションズ」を設立。その後、作家ルース・プラバー・ジャブバーラの小説「The Householder」を映画化した作品「新婚生活」で長編監督デビューを果たす。その後、徐々に頭角を現し、「カルテット(1981)」ではイザベル・アジャーニに第34回カンヌ国際映画祭の最優秀主演女優賞をもたらし、「眺めのいい部屋」では第59回アカデミー賞の3部門を受賞し、「モーリス」では第44回ベネチア国際映画祭の銀獅子賞、最優秀男優賞を獲得。さらに「君の名前で僕を呼んで」において、第90回アカデミー賞の脚色賞に輝いている。
まず語ってくれたのは、長きにわたって製作のパートナーとなるマーチャントとの出会いについてだ。
「インドのミニチュア絵画に関する2作目のドキュメンタリー映画『The Sword and the Flute(原題)』が、ニューヨークのインド領事館で上映された時のことだった。私とイスマイルには共通の友人がいた。あの作品のナレーションを務めたサイード・ジャフリーだ。彼が、イスマイルに『本当に素晴らしい映画だから、見に行くべきだ』と勧めてくれたんだ。映画を鑑賞したイスマイルは、上映後、インド領事館近くのビルの前で、映画をどれほど気に入ったかを語ってくれて、すぐに『ちょっと、コーヒーを飲まないかい?』と誘ってくれた。今でも、マディソン・アベニューにある店にコーヒーを飲みに行ったことを覚えているよ」
ジャブバーラは「眺めのいい部屋」「ハワーズ・エンド」「日の名残り」で脚本を担当。「マーチャント・アイヴォリー・プロダクションズ」には、いつ頃関わるようになっただろう。
「イスマイルとの出会いから数カ月後、インドのデリーを題材とした別のドキュメンタリー映画『The Delhi Way(原題)』を製作していて、再びインドに戻って撮影をしたいと思っていたんだ。ちょうどイスマイルもインドにいて、アメリカ人が手がける長編映画を製作する予定だったんだが、企画倒れになっていた。その頃、彼はルースの小説『The Householder』を読んでいた」
「The Householder」のような小説は「大きなスタジオでは絶対に手掛けられない」と判断したイスマイルは、アイボリーにメガホンをとることを勧めたそう。「僕が『The Householder』を製作するから、君が監督してくれ。でも、脚本家が必要なんだ」と伝えられたアイボリーは、ジャブバーラに直接脚色を依頼。こうして、長年にわたって継続する3人のコラボが始まった。
その後、数々の秀作を発表していくアイボリー。「ハワーズ・エンド」では、エマ・トンプソンに第65回アカデミー賞最優秀主演女優賞をもたらしている。トンプソンのキャスティングは、どのような経緯で決定したのだろうか。
「数人の女優が、マーガレット役のために脚本を読むオーディションに参加していた。エマは、その日の最後に脚本を読む予定だったんだ。ところが、彼女は脚本を持っていなかった。実際に脚本を失くしたのかもしれないが、彼女は現場で原作小説を読み始めた。彼女があの日、原作のどんなシーンを読んだのかまでは覚えていない。でも、エマが原作小説から直接シーンを読んだだけで、私はすぐに彼女をキャスティングすることにしたんだ」
「モーリス」では、20世紀初頭のイギリスを舞台に2人の青年が織りなす愛を描いた。同作ではジャブバーラが脚本を担当せず、アイボリーがキット・ヘスケス=ハーベイと共同で手掛けている。
「当時、私にはパートナーがいて、あの小説が持つ英国社会の世界観を的確にとらえられるとは思えなかった。だからこそ、キット・ヘスケス=ハーベイと共同執筆することになったんだ。キットがあらゆる点で英国社会の世界観を的確にとらえてくれて助かったと思っている」
近年、監督業を務めることがなかったアイボリー。久々にクレジットされたのは「君の名前で僕を呼んで」の脚本だった。アンドレ・アシマンの同名小説を脚色するうえで、どのようなチャレンジを試みたのだろう。
「(脚色が)特に難しいとは、感じていなかった。本作の最後の方には、パールマン教授(マイケル・スタールバーグ)が、息子のエリオ(ティモシー・シャラメ)にアドバイスをする光景を長回しでとらえるシーンがある。実は、原作にはあのシーンよりも長い文面が記されているんだ。私自身は、(長年の経験から)映画のラスト付近に長い会話のシーンを設定するのは、決してやってはいけないことだと理解していた。なぜなら、人々は長尺のセリフを映画の最後で聞きたくはない。席を立って、家に帰ってしまうからだ。それでも我々は長いセリフのある重要なシーンを組み込んだ。実は、脚本を書いていた頃、そのことがずっと心配だったんだ。しかし、どういうわけか、そのシーンを書くこと自体は難しくなかった」
また、劇中には原作には記されてないシーンも生み出していた。
「海の中で彫像を発見するシーン。あそこは、原作には書かれていないものだ。僕自身は撮影現場にはいなかった。想像できることは、スタッフは、脚本に書かれていないこともおそらく撮影していただろう。もともと上映時間が長すぎたためにカットしている場面、予算がかかりすぎて撮影できなかったシーンもおそらくあるはずだ」
では、なぜ自身で監督を務めなかったのだろう。
「当初、グァダニーノ監督は“共同監督”という形を望んでいて、私も一旦はその方向で引き受けていた。しかし、おそらく全米監督協会が、それを許さなかったんだと思う。『君の名前で僕を呼んで』は、フランスとイタリアの共同プロダクション。製作陣は、2人の監督がいたら、厄介だし、トラブルになる可能性を考えたはず。もしも監督2人が何かを巡って議論すれば、その間に、スタッフや出演者の貴重な時間が失われる。(現場では)誰もが、ただ座っていることになる。それに監督というものは、自分が同意できないことを、解決することはできないと考える気質もあるんだ。さらに、議論をしたうえで自身の意見を諦めてしまったら、スタッフの間では、もう一方の監督こそ“真の監督”だと思われてしまうだろう。それが厄介だったからこそ、グァダニーノ監督にメガホンを託したんだ」
さらにキャスティングに関する裏話も飛び出した。アーミー・ハマーが演じたオリヴァー役は、当初シャイア・ラブーフが演じる可能性があったようだ。
「当初はシャイア・ラブーフがキャスティングされていた。それにエリオの母親・アネラ(アミラ・カサール)役は、私のアイデアでは、グレタ・スカッキが演じる予定だった。もっともそのアイデアは、グァダニーノ監督にとってはハッピーではなかったようだ。でも、僕は彼女がパーフェクトだと思っていた。なぜなら、イタリア語を流暢に話せ、イタリアのパスポートも持っていたからだ」
(映画.com速報)
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