「守(も)り人」シリーズや、『獣の奏者』『鹿の王』など、数々のファンタジーを生んできた上橋菜穂子さんが、また一つ新たな世界を作り上げた。続編ではない長編としては、7年ぶりの新刊小説『香君(こうくん)』(文芸春秋)。植物や昆虫たちのやりとりを「香りの声」のように感じ取る少女アイシャを主人公に、未知の難局に立ち向かう人々の姿を描く。
香りで万象を知るという「香君」の庇護(ひご)のもと、ウマール帝国は、奇跡の稲「オアレ稲」の力によって繁栄してきた。しかしあるとき、不思議な虫害が発生し、帝国はすさまじい食糧危機に見舞われる。
「静かで遠い、受け身の存在」だと思っていた植物が、香りによって虫や他の植物と巧みなコミュニケーションを行っていると知ったことが創作のきっかけ。もしもそのやりとりを感じられる人がいたら、その人が見ている世界はとても豊かだろう。でも同時に、他の人たちには同じように感じてもらえないのだから、大変孤独なことでもある。
そしてあるとき、高い石造りの塔に立つ、少女の姿が目に浮かんだ。塔の中は暗く冷たい。でも、窓の向こうには明るい春の大地が広がり、彼女は春風の香りの中に、生き物たちの営みを感じている。「そんな光景が浮かんだとき、『香君』というタイトルも頭に浮かびました」
超越した能力を持つ者が魔法のように国を救う話ではない。描かれるのは、想像し、観察し、互いに補い合いながら、災いを前に選択を重ねていく人々の姿だ。「自分の能力には限りがあることを、アイシャはよく知っている。物語は次第に、彼女が持っていないものを持っている人たちと、支え合う話になっていきました」
上橋作品を読んでいると、現実が投影されているかのように感じる瞬間が何度もある。しかし本人は、「いまの社会の何かを描きたくて物語を書いているのではない」と言う。
「私はむしろ、物語を読んでいるとき、『いま、ここ』から離れる体験をしてもらいたいと思っています。自分が『分かっている』と思っているところから、一度全く知らないところに出て行って、『世界はこのようなものであるかもしれない』と思い巡らしながら、長い旅をしてほしい」
最後に、どうしても聞いてみたくなったことがあった。「人間という存在に、希望はあると思いますか」と。「あるかないか、というものではないような気がします。希望は、作るものではないでしょうか。『こうありたい』ということを、人は想像することができますし、どうしたらそうあれるだろうと考えて、生きていくしかない。自分のできる限りのことを、考えを尽くして、やっていくしかないだろうと思います」(松本紗知)=朝日新聞2022年4月30日掲載
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