SHIHARAを科目で表すのなら、幾何学だと思っています。
それも、体温の通ったあたたかな幾何学。石座をそのままジョイントとしてあしらったダイアモンドのネックレス。どこがつなぎ目かわからない正四面体のピアス。知恵の輪みたいに連なった指輪。
これどうなってるの? と凝視してしまう構築美は無類。不必要に超絶技巧を見せつけるわけではないし、どうだ! と他を圧倒することもない。機能的に理にかなったアプローチをシンプルに追究した結果、ただ「美しいもの」として孤高に佇んでいる様子。そこが、好きなのです。
かなりの数を集めました。円柱型のリングは外したとき、皮膚の明るさが変わるほどに付けっぱなしです。
だからSHIHARAが香りの「なにか」を創るとあって、意気込んで北青山の旗艦店に出かけました。その日はもちろん一切の香水はつけません。
部屋に足を踏み入れると、透明感あるグリーンの空気。ささやかな湿気とあたたかみを感じます。鼻腔になにかがずんと入ってくる実感はなく、心地よい微風が空間にたゆたっているな、という程度。
「ジュエリーを持って帰っていただくこと以外にも、この店でなにかを経験できる良い場所にしたいと考えていました」と、デザイナーの石原勇太さん。「経験を買ってもらうようなイメージを僕はもっています。接客、そして、場所の空気や匂いもそう。匂いは、イメージを瞬間にフラッシュバックさせるような力があるので、SHIHARAのお店に着いて、この匂いを嗅いだ—そのタイミングを思い出せるものを創れればと思いました」。
かくして「店舗の匂い」を創り出す旅は、実にユニークな方法で始まりました。過去に遭遇した香り、その場所での私的な経験を、写真や言葉を交えて調香師のリン・ハリスに伝えたという石原さん。SHIHARAのジュエリーを愛用するひとりでもあったリンは、現在はPERFUMER Hの創始者としても有名です。対話を通して、天然香料を用いた3つのジュースが生まれました。
真鍮とガラスの瓶に詰まった3つのフレグランスオイルの名前は、319、321、323。何かというと、各々の香りを経験した「場所」の標高を示した数値なのです。奇しくも2メートルずつしか変わらない海抜300m超という、おそらく自然豊かな場所から届いた香りはリン・ハリスらしいナチュラルなトーン。燻した落ち葉を想起させる319、雨上がりの苔を薄めたような321、切り花の茎から弾ける青い吐息を彷彿させる323。なかでもこの日、部屋で焚かれていた321の説明を読むと「ビニールハウスに足を踏み入れたときに感じる……」とあり、二度見したのは私だけではないはず。と同時に過去の「ビニールハウス」体験から、外の世界とは断絶されたテリトリー内の土の風合いを思い出し、ああ、あれのことか、頷いてしまうのでした。
プロダクトデザイナーのマイケル・アナスタシアデスが手掛けたディフューザーは、上部の蓋部分が鋳鉄製。フライパンにも使われるこの素材は電熱性に富み、窪みに落とした水とフレグランスオイルをじっくり蒸気にして飛ばします。ゆらめく霧が立ち昇る佇まいだけでも、絵になるから不思議です。
「このお店の記憶と経験を、匂いと一緒に思い出してもらえれば」。石原さんのその言葉にはっとしました。それはほぼ20年前、ニューヨークのエリザベス・ストリートにあった「MAYLE」という小さな店が大好きで、SPURで何度も取材したのはもちろん、その世界が好きなあまりに店舗で焚かれていたレッドカラントのキャンドルを買い占めていた記憶が蘇ったから。東京の自宅で火を灯しては、はるかノリータでの幸せな経験を思い出し、MAYLEのドレスに袖を通す喜びを追体験した。今でもレッドカラントを香ると、MAYLEと共に過ごした日々が脳内で巻き戻ります。
これからも定期的に足を運ぶであろう青山のSHIHARAでも、きっと同じような、いやもっと奥深い香りと記憶の邂逅が始まる。そう思うと、自分がもつSHIHARAのジュエリーがより一層、愛おしく見えました。
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