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Saturday, November 18, 2023

【朝晴れエッセー】記憶の香り・11月19日 - 産経ニュース

デミグラスソースの香りが厨房いっぱいに漂っています。「おっちゃん岡持ち返しに来たで」。私が声を掛けると、上衣は着ずに白のランニングシャツ姿で、白のコック帽を被ったおっちゃんは、首に巻いたタオルで額の汗を拭きながら戸口へ出てきました。

「おっちゃんええ匂いやなあ」。私が言うと、でっぷり太ったおっちゃんは丸い顔でにっこり笑って「ボクはこの匂いがええ匂いやとわかるんか」とうれしそうでした。「このソースはあんたのお父ちゃんが好きなタンシチューや、あんたの好きなオムライスのソースになるんやで」

小学3年生の思い出です。商店街の洋食屋さん。父がよく出前を注文し、そのご相伴にあずかるのが私の楽しみでした。おっちゃんの洋食屋さんがなくなったのはいつのことだったか。あの香りは今も記憶によみがえります。

もしおっちゃんに再び会えたなら報告があります。「ボク、コックさんになったよ」。45年間、料理をがんばってきましたが、昨年末に見つかったがんの治療で、今は休んでいます。病気が良くなったらまたデミグラスソースを仕込みたい。

おっちゃんに負けないソースを仕込みたいのです。

津野裕英(66) 大阪市東淀川区

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