Text by Lionel Paillès
数百年前のヨーロッパの「香り」とは? 膨大な量の資料を用いてはるか昔の香りを現代に蘇らせる、大規模なプロジェクトが始まっている。未来にも繋がる「嗅覚遺産」探求の最前線に仏紙「ル・モンド」が迫る。
この記事は2回目/全2回
「オドゥロッパ計画」の野心とは、匂いと香りの図書館を作り、「16世紀から20世紀初頭までのヨーロッパを感じられるようにすること」、そして「ヨーロッパに共通の嗅覚遺産が存在すると示すこと」である。
このプロジェクトで、1794年にフランス北部の街アラスで刊行された「パ・ド・カレ」新聞がデジタル化された。AI制御された装置が一語一語をスキャンする。「馬」、「ジャスミン」、「(匂いが)きつい」、「有毒植物」などの語で一旦ストップし、嗅覚的な意味を持つ語にズームして撮影するのだ。こうして、香りに結びつくすべてのテキストを1分足らずで抽出する。
「何十万という資料、たとえば植物学概論、医学概論、宗教的テキスト、小説、詩などがスキャンされました」と、ユールコム大学院のラファエル・トロンシーは説明する。彼は2021年1月に開始されたオドゥロッパ計画の第一段階を監修している。
「嗅覚的風景」の展望
過去の香りの研究は、未来にも備えるものだ。人類は気候危機や生物多様性の消滅に直面し、「世界はかつてないほど脆弱であり儚いものだ」という考えに導かれた。
2001年、日本の環境省は「かおり風景100選」を選定した。香りを保存するに値する自然や、歴史的、文化的な場所の選定である。そこには佐賀県の「伊万里焼きの窯の燃えた土の香り」や岩手県宮古市の刺すような「潮風の香り」、東京・神田の「古本の香り」などが含まれる。
世界の香りを集めて保存することは、ノルウェーのアーティストで化学者、歴史家でもあるシセル・トーラスにとっても長いあいだ追い求めてきた夢だった。
彼女は科学者クリスティナ・アガパキスと、芸術家アレクサンドラ・デイジー・ギンズバーグとともに、「崇高なるものの復活」という作品を生み出した。米ハーバード大学の植物標本室に保管されていたDNAをもとに、植民活動が原因で絶滅してしまった2種類の花の香りの再現に成功したのだ。
どちらかというと芸術的な野望が先立っていたかもしれないが、バイオテクノロジーのおかげで花が再生したのだから、科学の勝利でもある。
では、この動きを香水業界はどう捉えているのだろうか。
2018年には全世界で450億ドル(約5兆1500億円)の取引があった巨大市場である。いまのところ、業界大手のIFFやジボダンのような大企業が同分野の将来を見据え、こうした探求をおこなう研究者に出資し技術的援助をするとしても、それほど大規模ではないだろう。だが、彼らもまた過去の研究のなかに、おそらく未来につながるものがあることは知っている。
いわゆるニッチな香水メーカーも興味を寄せている。建築家のカルロス・フーバーは「歴史的に重大な出来事の香り」を復活させるべく、2011年から「嗅覚的探究」を続けている。彼は、自身の香水ブランド、アーキストを時間をさかのぼるタイムマシーンにしたいと考え、つぎつぎと香りを捕える。たとえばそれは、1660年のルイ14世の結婚式や、アステカの神々への捧げ物の儀式、1618年1月に皮革や香料、スパイスを積んで太平洋を渡った日本の外交使節団のガリオン船などのことだ。
現代の「鼻」への適応
磁器ブランド、アスティエ・ド・ヴィラットの共同創設者であるブノワ・アスティエ・ド・ヴィラットとイヴァン・ペリコリもまた、歴史に強い関心を寄せている。
そこから別のアイデアも生まれた。現代のどんな鼻も嗅ぐ機会がないような、古代の香りをできるだけ忠実に再現することである。
調香師ドミニク・ロピオンは、歴史家のアニック・ル・ゲレが発見した製法から、2つの失われた香りを再現。人類最古の香水と言われるエジプトの「キフィー」(その製法は、エドフ神殿の壁に刻まれた象形文字によって記されている)と、パルティア王の香水(古代ローマの大プリニウスによって書かれた『博物誌』で描写されている)のことである。
彼らはそこに作家ジョルジュ・サンドの香りをつけ加え(彼女が所持していた小瓶のなかにわずかに残っていた香水から再現)、これら3つの香水は2022年春に販売開始されるという。
「香りの構成は、こんにちの鼻にも受け入れられるように、軽く和らげられています」と、ブノワ・アスティエ・ド・ヴィラットは冗談半分に言う。というのも、かつての優雅な香りは現代においてはあまりにキツすぎる。つまり、現代の嗅覚では明らかに悪臭に感じられるからだ。
「どうでもいいことだ」と、香りの冒険者たちは答えるだろう。消滅した香りを再現するという執着心には、おそらく別の意味がある。もっと詩的な意味──人間は常に時間を旅することを夢見るものなのだ。ブノワ・アスティエ・ド・ヴィラットは別の夢を追っている。
「いつか、マリー・ド・メディシスの香りの謎を明らかにしたいと思っています」。イタリアから来たそのフランス王妃は、夫アンリ4世のあまりに粗野な匂いに耐えるために香水をつけ、長いあいだ彼を魅了し続けた。
「いにしえの香り」は、誰をも情熱の限界まで向かわせる。
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