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Wednesday, April 13, 2022

「香り」で広がる旅の可能性 - 読売新聞オンライン

 「見た事」は忘れても、香りや匂いの思い出はずっと残っていたという経験は、多くの方に共通した感覚です。子どもの頃に過ごした街や祭りの匂い、田舎で体験した草木の匂いや生活臭など、大人になってふとした瞬間に、過去に体験した光景が香りをきっかけによみがえる経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。

 本来嗅覚は命を守るための大切な感覚であり、腐ったものや危険なものを事前に嗅ぎ分ける能力を備え持っています。五感の中でもっとも本能的で記憶が薄れないのも嗅覚です。見たものは月日と共に薄れたり消えたりゆがめられたりしますが、香りや匂いの記憶はほとんど変化しません。

 旅行といえば「観光」という字のごとく光を () ること、名所旧跡や景色を見に行くというのが大筋です。英語でも sightseeing(サイトシーイング) (sight / 情景・seeing / 見参)と呼ばれており、いずれも見る行為に意味が寄っているように思われます。

 現代は「花見」といえば桜の花を見ることが常識ですが、江戸時代の「花見」は香りが豊かな梅の花の観賞でした。特に夜、立ち込める梅の花の香りを () でるといった行為が和歌にもうたわれています。後に桜が「花見」の代名詞のようになりますが、香りの観賞といえば断然梅に軍配が上がります。

 春の夜の 闇はあやなし 梅の花
 色こそ見えね () やはかくるる
 (古今和歌集、春の夜の闇はどうも筋の通らないことをしている。梅の花の色こそ見えはしないが、その香りは隠れているのか、いや隠れてはいないではないか)

 春の闇夜は人の想像力をかき立てます。花の形こそ見えないが、香りでイメージを膨らませます。現代でも梅の花見は人気ですが、最近では残念ながら夜になるとライトアップで丸見えにしてしまうのは、風情がないと言えるかもしれません。

 日本は四季の変化が豊かで、香りを発する植物の数も多い国です。和歌をはじめ俳句や川柳、小説や随筆でも香りや匂いにまつわる作品は枚挙に (いとま) がありません。

 そんな日本という環境で香りを楽しまないのはもったいない。香りを楽しむ「感香」は、豊かな時間と思い出をもたらすことでしょう。いつもより少しだけ香りを意識して旅行を楽しめば、今までとは違った豊かな時間を過ごすことができるでしょう。

 文・写真/成瀬守弘(香りの環境研究所)

 (月刊「旅行読売」2022年5月号から)

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