金刀比羅宮(琴平町)の門前町にある新町商店街。昔ながらの精肉店や飲食店が並ぶ中、レンガ積みの壁の前に酒だるや瓶が置かれた店が異彩を放つ。500種類のウイスキーが棚に並ぶバー「Don’t tell Mama」だ。
「生きていく上で必要ないが、人生が豊かになる」。ウイスキーへの思いをこう表現する。ほのかな明かりに照らされた木の香り漂う店内で、スコットランドの「グレンリベット」をグラスにそそぎ、カウンターにそっと差し出す。
観音寺一高を卒業後、観音寺市役所で勤務。家族には酒好きが多く、自身もよく飲んでいたが、最初はウイスキーの独特の香りに困惑した。
「自分が知っているものとは違う」。2017年頃、丸亀市のバーでストレートで飲んだ「マッカラン」。フルーティーな香りが口の中に残り続ける「余韻」に衝撃を受けた。
以降、県内外のウイスキーバーを訪問。すっかり夢中になり、いつしか「ウイスキーに関わる仕事がしたい」と思い始めた。
19年3月に市役所を退職し、ウイスキーの本場スコットランドを目的地とする世界一周旅行を決意。職場の同僚からは止められたが、「様々な世界に触れた上で、気持ちが変わらなければスコットランドへ向かおう」と飛行機に乗り込んだ。
香港から始まり、バスを使って中国、ベトナムと西進。ラオスでラム酒を造る日本人がいると聞き、蒸留所へ向かった。ラム酒の製法について尋ねた後、旅の経緯を話すと「すぐにスコットランドへ向かったほうがいい」と背中を押された。
19年7月、スコットランドに到着。英語もあまり話せないまま、ネットで蒸留所を調べては予約もなしに訪問した。訪問した蒸留所などは計144か所。公共交通機関や宿泊施設の少ない農村部にあることも多く、ヒッチハイクで移動したり地元の人の家に泊めてもらったりした。
蒸留所を巡りながら気づいたのは、職人たちの情熱だった。真剣な表情で製法や味の特徴を説明する姿や、試飲したウイスキーを「おいしい」と伝えたときに見せる笑顔から誇りを感じた。自身もバーを開く決心をした。
今年4月、幼い頃から慣れ親しんできた新町商店街の空き店舗で開店。落ち着いた場所を選んだのは、「静かな場所でお酒と会話を楽しんでほしい」からだ。店外に看板はなく、入り口の扉はクローゼットの扉で製作。米国で禁酒法があった時代に酒を密売した店をイメージした。
今後、店でウイスキーの歴史や味わい方を伝えるワークショップも開催する予定だ。「旅で見聞したことも話しながら、ウイスキーの魅力を伝えていきたい」と笑顔を見せる。
ウイスキーの面白さは味や香りの複雑さ。「果物の香りがしたと思ったら、次に木の香りが広がる。人によって味をどう表現するかも全く違う」と言い、「人間のように、知れば知るほどわからなくなるのが面白い」とほほえんだ。(山本貴大)
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