2021年07月27日07時19分
原爆投下直後に降った「黒い雨」による健康被害をめぐる訴訟で、菅義偉首相は上告断念を表明した。法務、厚生労働両省を中心に強かった「上告やむなし」の声を押し切った形だ。報道各社の世論調査で内閣支持率が過去最低水準に落ち込む中、秋の衆院選に向けて「政治決断」(政府高官)をアピールする狙いもあったとみられる。
「熟慮に熟慮を重ねた結果、84人の原告はやはり救済しなければならない。上告しない」。首相は26日夕、湯崎英彦広島県知事、松井一実広島市長と面会し、政府方針をこう報告。知事と市長はそろって「英断に感謝する」と応じた。
関係者によると、14日の控訴審判決後、関係省庁の事務レベルの協議では上告すべきだとの声が大勢だった。政府が広すぎるとみた一審判決の救済範囲を、さらに広げる内容だったからだ。政府高官は「乱暴だ」と批判。霞が関の幹部は「科学無視の判決だ」と言い切った。
しかし、小泉純一郎首相や安倍晋三首相(ともに当時)によるハンセン病訴訟の控訴断念など、歴代政権はトップダウンによる上訴見送りで政権浮揚を図ってきた経緯がある。公明党幹部は衆院選を前に内閣支持率低迷に危機感を強め、水面下で「政治決断すべきだ」と首相に進言した。
首相は最後まで悩んだものの、直接の訴訟当事者である広島県と広島市が「上告したくない」(湯崎知事)などと表明していたことも考慮したようだ。政府高官は「県と市を説得するのが難しかった」と語った。首相は原告らの高齢化が進んでいることも踏まえて最終判断した。
自民党には政府方針の発表前後に連絡が入った。東京五輪での日本代表の相次ぐメダル獲得とも重なり、党内には「五輪選手の活躍と合わせ、本当にいいニュースだ」(幹部)と歓迎する声が広がった。党広島県連会長の岸田文雄前政調会長は「評価する」とのコメントを出した。
立憲民主党の泉健太政調会長も衆院議員会館で記者団に「一審の時に国が上訴しなければ、早期の解決が図られた。大変遅いという印象はある」と前置きしつつも、「大変良かった」と語った。共産党の小池晃書記局長は記者会見で「上告断念は当然。幅広い救済を求めていきたい」と注文を付けた。
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